【万博インタビュー③】鉄のプロが挑んだ“木の万博”
―鉄鋼関西支店 工事保全課 森本さん・上野さんインタビュー
ご安全に! 広報室のとねです。
万博インタビュー3回目は、鉄鋼関西支店 工事保全課の2人にインタビューしました。
鉄鋼関西支店が、「木材」を扱う!? なんともイメージが紐づかないですが、国家プロジェクトという大舞台で新たな取り組みに挑んだ姿をご覧ください。
大阪・関西万博のシンボル「大屋根リング」は、ギネス世界記録に認定された世界最大の木造建築物です。合計5,800本もの集成材を福島県浪江町から運び、和歌山で金物を取り付けて会場へ送り出す――その一連の保管・加工を担ったのが、鴻池運輸 鉄鋼関西支店 工事保全課でした。
普段は製鉄所で設備工事とメンテナンスを手掛ける“鉄のプロ”が、なぜ木のプロジェクトに挑み、何を得たのか。現場を束ねた課長の森本さん、技術面で要となった上野さんに話を聞きました。
「万博インタビュー②若手フォワーダー編」はこちら:https://www.konoike.net/journal/detail/202607161700.html/
森本 知宏さん:
2007年入社。支店の総務担当を経て2010年より工事保全課に所属し、現在は課長として構内で設備工事・保全業務を統括。大屋根リングやパビリオン、他にも複数の大型案件でグループ横断プロジェクトをリードしながら、若手監督の育成にも力を注いでいる。
上野 和也さん:
1993年入社。構内設備の補修工・整備工として機械の修理やメンテナンスを経験したのち、千葉市・君津市・堺市など全国各地の出張工事で現場監督・工事責任者を歴任。現在は工事保全課で、設備の試作段階の検証や加工方法の確立、工程短縮の工夫など“現場技術の要”として活躍し、叩き上げの経験を生かして管理職候補の若手社員の指導も担っている。
工事保全課は、製鉄所構内の設備保全や工事を担う部署です。これまで和歌山市だけでなく、千葉市・君津市・堺市など全国の製鉄所へ出張し、機械設備の改造や補修工事を数多く手掛けてきました。
そんな“鉄一筋”のチームに舞い込んだのが、大屋根リングの木材保管・加工の相談でした。
「木は鉄と違って補修がききません。世界中から注目される建物の部材ですから、『傷一つ許されない』という緊張感がありました」と森本さんは振り返ります。
本工事の前段階では、福島県の加工工場で実物大に近い試作品を仮組みし、一本の柱に金物を付けるのに何分かかるか、ボルト1本を締める時間まで細かく計測しました。
「2週間ほど福島に滞在し、木材メーカーの方に加工を教わりながら、段取りと工数を徹底的に洗い出しました。ここで“対応できるか、できないか”を見極めたことが、和歌山市での量産をスムーズに進める鍵になりました」(上野さん)
和歌山市での作業場所は、お客さまの製鉄所内にある倉庫でした。鉄鋼製品を扱う環境ならではの特性がある中で、長尺の集成材を数カ月にわたって保管・加工するためには、これまで以上にきめ細かな管理が求められました。
「翌朝には木材の表面に細かな埃が見られることもありました。そのため毎朝の清掃を徹底して、梅雨や台風の時期には防湿剤を敷いたうえで、特別なシートで一本一本を丁寧に覆いました」(森本さん)
そのシートも、木材業界のお客さまに相談し、奈良県の資材置き場まで出向いて譲り受けたもの。破れた部分は継ぎ接ぎし、日差しや雨が直接当たらないよう倉庫内全体を覆いました。
出荷時には、積み込みトラックの荷台に乗る作業員の靴にも最新の注意を払います。「靴のまま乗れば、足跡がそのまま製品に残ります。靴カバーや靴下履きに徹底的にこだわりました。それでも現地では足跡が見つかり、その時は当社のメンバーじゃないと主張するために、足跡と靴裏を照らし合わせて証明しましたね。そのくらい本気だったんです」と上野さんは苦笑します。
一方で、突然のゲリラ豪雨により倉庫が浸水しかけたことも。「このままでは木材が水没する、という状況で、即座に水中ポンプをかき集めて排水しました。あのときは本当に肝を冷やしました」(森本さん)
危機の場面でも、現場の即断即決と機動力が品質を守りました。
大屋根リングと同じく、あるパビリオンのヤシの柱づくりでも工事保全課は重要な役割を担いました。まずは山形県の木造建築メーカーを訪ね、鉄パイプにナツメヤシの枝を巻き付けた“見本”を前に、作業の難易度を検証します。
「ナツメヤシの枝は長さも太さもバラバラですが、パビリオンの装飾として、美術品のように見せられるように工夫しました。『ただ巻けばいい』ではなく、継ぎ目が目立たないよう長短をランダムに組み合わせたり、色の良い枝を表に出したり。お客さまの注文はかなり繊細でしたが、『これなら和歌山でもできる』と判断して帰ってきました」(上野さん)
森本さんは、こうした最初の見立てに上野さんを必ず連れて行くと言います。
「新しい仕事や難しい仕事ほど、まず上野さんに実物を見てほしい。あとからトラブルが起きたときでも、『このやり方ならもっと早く、安全にできるのでは』と改善案を出してくれる安心感があるからです」
上野さん自身は、「どんな仕事でも、やろうと思えば必ず方法はある」と話します。
「できませんと言って、次に見たときに別の業者さんが同じことをやっていたら、悔しくて仕方ないんです。だからお客さまには“できない”ではなく、“こういう方法ならできます。その分コストはこれくらいかかります”と提案する。方法を考えるのが、自分たちの仕事やと思っています」
1993年入社の上野さんは、設備の整備工として現場で鍛えられてきました。
「若い頃は、怒られて当たり前の時代。いろんな人に散々怒られて育ってきました」と笑います。
ただ、自分が部下を指導する立場になってからは、同じやり方を繰り返すつもりはないと言います。
「悪いことをしてしまう気持ちも、遠回りしてしまう気持ちも、自分が一番よく分かる。だから頭ごなしには怒れません。右に行くべきところを左に行っても、最終的に目的地に着くならそれも経験。どうしても行き詰まったときにだけ声をかけて、一緒に別の道を探すようにしています。」
現場では、管理職候補の若手社員も早い段階から工事監督として現場に立ちます。
「何でもマニュアル通りに教えてしまうと、その枠から外れたときに対応できなくなる。だから、報連相は大事にしつつも、“まず自分で考えて動き、事後報告してほしい”と伝えています。その方が、応用力のある人材に育つと信じています」と上野さん。
森本さんも、「若手を預けたらしっかり鍛えて返してくれる。工事保全課の“人を育てる現場力”は、鉄鋼関西支店全体の強みになっている」と語ります。
大屋根リングとパビリオンでの実績は、社外からの評価にもつながりました。大手ゼネコンとの仕事を通じて、「KONOIKEなら、こうした難しい案件も任せられる」という信頼が生まれ、現在は万博で培ったノウハウを生かした新たな大型プロジェクトにも工事保全課が携わっています。
「現在進行中の大型配管工事は、鉄鋼関西支店工事保全課の年間売上に匹敵する規模です。リスクも大きいですが、完成すれば万博と違い、街のインフラとして長く残る仕事です。完成まで責任を持ってやり遂げたいですね。万博で得た経験値を、次の世代にも受け継いでいけるプロジェクトだと感じています。」と森本さん。
上野さんも、「万博をきっかけに、グループ内の連携も、ゼネコンさんとのつながりも一気に広がりました。次の大型工事を必ず成功させて、『KONOIKEに任せれば大丈夫』と言ってもらえる実績をもっと増やしたい」と意気込みを語ります。