鉄鋼現場に新風を吹き込むDX成功事例「コノマップ」開発プロジェクト
※所属・役職名等はインタビュー当時(2026年2月)のものです。
このリスクを減らすには、堆積した落鉱の除去処理が欠かせない。しかし、これまで「どこに、どれだけの堆積があるか」は、現場調査員が巡回して目視で確認、デスクに戻ってから手書きのメモをExcelに手入力して管理していた。
1,000万m2規模(東京ドーム約220個)の製鉄所内のうち1/4程度、あるいはそれ以上の面積で使用されているベルトコンベア(総延長約66km)の落鉱を把握するには、膨大な時間と手間、そして多くの人材が必要となる。特に人材に関しては、堆積量の見極めにおいて「長年の経験をもとにした判断力」が求められることから、業務属人化の傾向が強かった。防災対策、作業効率、人材維持、技術承継など、どれをとっても何かしらの課題を抱えていたのだ。
現場でもそれは認識されており、課題解決につながる細かな業務改善は実施してきた。だが、もっと根本的な策を講じなければ大きな変化は訪れない。それは誰にも共通する思いだったと言える。
ここに、実現はひどく困難と思われたこの改革が、近年ついに成し遂げられたことを報告したい。先導したのは、鴻池運輸が自社開発した業務支援システム「コノマップ」の導入である。
コノマップは日本製鉄株式会社の製鉄現場で誕生
幕開けの舞台となったのは、日本製鉄株式会社・東日本製鉄所鹿島地区の現場。そして改革の第一歩として、まずはタブレットを用いての落鉱判定が取り入れられた。DX化を進めれば業務効率は上がり、技術承継にも結びつく。現場に広く存在していた「このままのやり方を続けていてはいけない」という自覚が、具体的な行動を取らせたのだ。
しかしここで、いきなり壁にぶつかることになる。
必須ルールとされる月に2回の落鉱絶対評価で対象となる測定箇所は、およそ2万カ所。本来なら写真を撮って評価の均一化を図りたいところだが、データ負荷が高すぎ、タブレットでの実践には無理があった。どの場所に、どのランク(A〜Dの4段階:危険値はAがもっとも多い)の堆積が存在するかをタブレット上からExcelに入力するのが限界で、利便性は増したもののとても画期的な変化と呼べるものではなかった、それが現場の本音である。
鹿島製鉄所には2万カ所以上の落鉱測定箇所が存在。だが、現場はそれでも諦めることはなかった。
「だったら、AI判定を用いてはどうか」
その頃には鴻池運輸本社の技術部門である技術革新本部の連携も生まれており、DX化に向け積極的な意見交換が行われるようになっていた。初めのうちこそ、現場のことをシステム開発側は知らない、その逆も然りの状況だったが、およそ1年間、定期的に現場と本社の社員が互いを行き来して議論することで理解も深まっていく。やがて、技術革新本部から、AI判定の結果を表示するプラットフォームの開発を提案され、情報をマップ化することが可能になった。
この落鉱AI判定実証実験のスタートは、2019年4月のことである。
落鉱管理におけるAI判定、マップ化には位置情報を含めた写真データが必要となるため、これらをまとめるスマートフォンのアプリを開発。並行してWebアプリも開発し両者を連動、現場で撮影した写真情報がPCにそのまま送られるよう設計した。
「当初は堆積量・場所をマッピングするだけでしたし、位置情報がうまく伝達できず、現実とは大きく異なる場所にポイントが表示されてしまうという技術的な課題もありました。しかし試行錯誤を繰り返した結果、写真をはじめとしたデータの収集・登録をスマートフォンで行えば、PC側で落鉱の堆積度合いの判定、マップ化、リスト整理が自動生成されるまでになったのです」(須永)
こうして、「コノマップ」と名付けられたシステムのプロトタイプが一応の完成をみる。その後通常の判定業務に置き換えていき、実際に「使ってみて」必要とされる機能をプラス。徐々にシステムが練り上げられていったのだ。
とはいえ、その過程で現場からの反発がなかったとは言えない。正確性に信頼がおけるのか、システム操作に不慣れな人間でも使いこなせるのか、写真撮影を行う従業員が実作業の邪魔になることはないのか……。
ここで活躍した一人が、立ち上げからコノマップに関わり、堆積処理班現場監督も務める平山だった。彼は現場がDX化に対して抱く小さな不安、違和感を一つひとつ解きほぐし、説得を重ね、とにかく「一度使ってもらう」ことを目指す。
「開発過程のテスト時からシステムに触れてもらい、それによって多くの懸念を払拭していきました。コノマップの簡便さは、使ってみると非常に良くわかる。だからこそ、一度使ってくれさえすれば『これはいい』と意識が変わっていくという確信があったのです」
平山の説得と、テスト結果の現場へのこまめなフィードバック。それにより現場のDX化を呼ぶシステムに対する信頼性、期待値は少しずつ高められていった。
やがて現場からの声も「想像以上に『使える』システムかもしれない」「使い方が簡単、業務負担も軽減される」「積極的に使っていきたい」「DX化の意味が実感をともなった」「コノマップなしでは作業効率の向上が得られない」とだんだんに進化した。さらに「より使いやすくするために、こういった機能を加えてはどうか」との提案もなされるようになる。
この状況は、プロジェクトに関係した全員にとって、期待を超えるものだったとも言えるだろう。
また、かつて落鉱管理時に行なっていたExcel入力(紙にして1回約30枚にもおよぶ)に必要だった5〜6時間/日ほどが削減され、余剰時間は別の有意義な業務に割くことができた。
スマホによる簡易なオペレーションが革新的なコノマップ。鹿島製鉄所での成果は、少しずつでも確実に業界に知られていく。「真剣にやっていれば、真剣に話を聞いてくれる人は多くいる」とは、プロジェクトリーダーであった須永の率直な体感だ。そんな結びつきは現場だけでなく、現場と本社の間にも築き上げられていった。
どんな企業であっても、現場と本社が密に結びつくのは意外に難しい。なぜなら、互いに共通認識、共通言語を持たないことが多く見られるからだ。特に現場のDX化に対し、この種の齟齬は決して小さいものではない。コノマップ開発を通してそれを減らしていくことができたのは、企業として大きな糧になったと言える。
「現場と本社が互いのことを考えているつもりでも、両者のピントがずれている。これは良くあることです。今回は話し合いを重ね、ときにはかなり強気な発言も用いてシステムの開発、導入によるメリットを伝えることで、周囲からの納得を得るように努めました」(須永)
現実に向き合う現場ありきで動いていったプロジェクト。コノマップ開発は、そんな一面も持ち合わせていた。
また、噂を聞きつけた大分地区の製鉄所がコノマップに関心を示し、導入を決めたことも大きい。
「日本製鉄様にとって、鴻池運輸が開発したシステムを自社に導入するのは、セキュリティの問題をはじめいろいろな意味で難しさがあります。しかしそれを乗り越えれば、全国展開も視野に入ってくる。我々としても『自社だけが業務改善できればいい』というわけでなく、『技術の発展をもって社会的貢献を果たしていきたい』との目標があります。それに合致したのが今回のプロジェクトと言えるでしょう」(須永)
「コノマップは現場の実作業に合わせたカスタマイズが可能なシステムですが、結局『どうしたら使いやすいか』をいちばん知っているのは現場の人間です。システム開発チームが現場の意見をまっすぐ捉え、柔軟に改善を続けてくれたことが成功の鍵でした」(山口)
「コノマップが活用されていることで、製鉄所として最優先で避けなければならない防災トラブル、その落鉱に関する事案は大幅に減少しました。そのため現場職員は安心して作業にあたれ、同時に本社と協業しているとの実感も強く持てた。業務改善はもとより働く際の意識まで変わったことは、大きな成果だと自負しています」(平山)
コノマップ開発によって得られた効果は、実に多彩だ。作業効率アップ以外にも、現場と本社がタッグを組んで新しい何かを生み出すノウハウを得たこと、現状の課題を「自分たちの力で」解決していこうというモチベーションが向上したこと、自社には、自分たちには未来を変えていく力があるという実感、常に挑戦し続けるマインドの醸成……挙げていけばきりがない。
2022年4月に本格運用されたコノマップは、日本製鉄様のブラウザセキュリティにも認可された。ここから一気に業界内での注目が集まり、2025年には外販(サブスクリプション)を実施するまでに至る。
当初は鉄鋼業界がターゲットだったが、物流や倉庫の管理業務の一部に活用できるとの可能性も見出せた。他業界に対しては詳細な聞き取りを行なって、「その業界でこそ使える」機能を搭載していけばいい。このフレキシブルさは、KONOIKEならではのカラーと言うこともできるだろう。
KONOIKEには、自社の、各人の良い部分を伸ばして実績につなげ、さらにそれを社会に還元していくとのテーマがある。コノマップの事例はまさにそれに則り、あちこちで生まれた協力体制が最大限に生かされた。
「現場のDX化に限らず、新しいことを始めることそのものに困難は多い。けれど諦めず、地味にでも継続していけば、必ず成果は出る。大事なのは立ち止まらないこと、やり続けること」(須永)
自身の力を最大限に生かそうと常時努めている現場の力、そこにある価値を正当に評価しつつ、コノマップでしかできないことを確立したいという思いが「やり続ける」モチベーションになった。須永は今、そう考えている。
「現場」が持つ力は、そこで働く人自身、会社そのものが考えているよりもよほど大きく、強い。そしてその声をまっすぐに発信できること、それを受け入れて昇華していく会社環境が整っていること。KONOIKEには、それがある。そう実証されたのが今回のプロジェクトであり、DX化の成功事例として認められた要因の一つだろう。
今後もコノマップは進化を続ける。現段階では、ある項目を達成するとポイントがもらえるなどのゲーム的要素を加え、リラックスして働けるよう「仕事」のあり方を変えていく、チャット機能を加えて判定業務に関する相談が即時にできるようにし、効率化を進める、音声入力を可能にしてさらに利便性を高めるなどの機能開発が考えられているという。その根底にあるのは、単に現場のDX化を推進するだけでなく、働き方そのものを見直していこうという考えだ。それ以外にも「現場の人間だからこそ」生まれてくるアイデアをうまく加味していけば、より大きな成果に結びついていくと期待できる。そしてそれは今、非常に実現に近い位置にあった。
コノマップ開発プロジェクトでは、現場と本社が互いを認め、融合し、手を取り合った。これからの社会、企業において、それは必須のあり方になると予測される。
その際には、一人ひとりの社員が持つプロフェッショナルを利活用し合う、相互扶助の実践が重要になるだろう。
「現在の業務体制維持のために、もはやコノマップの存在は必要不可欠と言えます」(平山)
そんな現場の声は、コノマップが今後どのような進化を遂げても引き続き聞こえてくるだろう。こうして生まれた新しい流れは、もう止まることはない。ただこれからも、前へと進んでいくのみだ。
(執筆:株式会社トレファクテクノロジーズ)