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1993年9月。
この先、世界各国の企業によるベトナム進出ブームが巻き起ころうとするその前年。
ドイモイ政策(改革・開放政策)により、自由化が進んでいるとはいえ、未だ社会主義国家的な色合いが濃く、先の戦争の傷跡も垣間みられたベトナムに、世界の物流業界に先駆けて、鴻池運輸は駐在員事務所を立ち上げた。
この頃、多くの日本企業にとっての東南アジアの拠点は、タイのバンコクであり、フィリピンのマニラであり、そしてシンガポールであった。
アメリカ、中国と進出した鴻池運輸は、その環太平洋ネットワークを広げるために、当然、東南アジアへの進出を図っていた。しかし、前述した東南アジアの主要各都市には、すでに日本企業、そして世界の様々な企業による産業や物流業の進出が行われ、 その量、質共にほぼ熟しきった状態にあると言ってよい状態だった。
このタイミングで東南アジアに進出するにおいて、それらの主要都市においてビジネスを行うのは、ある意味容易なことである。
そこには、先立っての企業たちが作り上げたノウハウがあり、ビジネスの器が用意されている。しかし、逆に言えば、それらベースができている各都市でのビジネスは、結局は価格競争となる。果たして、そのような競争の中に敢えて踏み込んでいくのは得策といえるか。 鴻池運輸という企業は、価格競争でその価値を創造した企業ではない。
他に類を見ないソリューションの力、つまり、技術力、人間力で価値を創造し、スペシャリストたちの『マルチソーシングサービス』によって、一世紀を遥かに超える歴史を着実に築いて来た企業である。
そのようなバックボーンを踏まえ、東南アジア進出において鴻池運輸が注目した国。 それが、東南アジアの真珠、ベトナムであった。






